その話は「そこそこ町」でのんびり暮らす猫のフツーノの耳にも届いた。


「8月になると、かわり種の森には[特別な郵便配達] がやってくる」という話。
「その郵便配達が届けてくれるのは、一番会いたい人からの手紙だ」という噂。


それだけなら別にどうだっていいやと思う話だったんだけども、

その話には続きがあって

どうやらその郵便配達は大きな大きな魚たちで
わんさわんさとやってくると聞いちゃったものだから

そいつぁーだまってらんねいぜと

フツーノはワクワクして森へでかけていったんだ。

この前初めて泳ぐ魚っていうのを見たフツーノは
もうさ、狩りたい気持ちでいっぱいだったんだよね。


ひさしぶりに来た「かわり種の森」にはずいぶん人がいたもんだから
知らない人が嫌いなフツーノはどんどん奥へ入っていった。

「魚っていったら水だよなあ・・・川はどこにあるんだろう?」

フツーノはくんくん匂いをかぎながら
さらに奥へと入っていった。


その時、空気がかわった。

ぐおんぐおんと・・・ものすごく大きな、でもものすごく静かな音で森はつつまれ
なんだかわけのわからない風のような空気の膜のようなひんやりとしたものが
フツーノをとりかこんだ。

「あ・・・・・・・・魚・・・・・・!?」

フツーノの頭の上には、まわりには、たくさんの、たくさんの魚がいた。

いつの間に?

ちょっと(かなり)ビクビクしながらも、近づいてきた魚にとびかかろうとした。
でもなんだろうこの感じは・・・
ものすごくゆっくりでものすごく素早いものすごく大きいこの・・・・・
この・・・・・・・・・・・・

フツーノは怖くなって、思考停止してしまった。
目はいっぱいに見開いてじーっと魚を見つめていたけれど。


すると、ふっと魚が手紙を差し出したんだ。

「ヴェルヌくんだね、手紙を預かってきたよ。」

「・・・・・・・ちがうよ。ぼく、フツーノっていうんだ。


魚の声がやさしかったから
これは怖くなんかないぞ!大丈夫そうだ!向こうをむいたらすぐに尻尾にカプっとかみついて
それから爪を・・・

と、たくらむフツーノに郵便配達は静かな声で語りかけた。

「わたしたちは決して間違えることはない。ヴェルヌくん、これはきみへの手紙だよ。
名前はひとつとはかぎらないからね。」


「・・・ちがうってば。だってさ、ぼく、会いたい人なんていないもん。」


「そうか。そうかもね。きみはまだちいちゃいから、気がつかないこともあるかもしれないね。
でもね、誰だって、会いたい人がいるんだよ。ひろいひろい世界のどこかにね・・・」

郵便配達はそう言うと、手紙を置いていった。

フツーノはちいちゃいって言われたもんだから、なんだか頭にきちゃってね
こんな手紙破っちゃえって思ったんだけど・・・そんなことするのちょっと怖くてね

まあ、ちょっと読んでみようかな
手紙なんて初めてだしねと
やっぱりひらいてみることにしたんだ。


その手紙はやっぱり「ヴェルヌ」あての
「おかあさん」からの手紙だった。

おかあさん・・・・・・って誰だったっけ。
ものすごく知っているような、ちっともわからないような、
なんだか気持ちがざわざわするけど・・・。



フツーノは手紙を読み終えて、自分にあてた手紙だってわかったんだ。

たいせつに持ち帰ったその手紙は、マダムの本棚の後ろにかくしておくことにして
ひとりの時間に、何度も何度も読んだんだって。


そしてこの猫はね、
手紙を受け取ったこの日から、フツーノ・ヴェルヌって名前になったんだ。



ちいちゃな猫がすこしおとなびた目をするようになった
特別な夏の日のお話。

◆8月のお話◆
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