ある夕方、一人のレディーが店を訪れました。
彼女はゆっくりと真剣なまなざしで店中の靴を見てまわり
店主に話しかけました。
「なんて素敵な靴なんでしょう。
外から見ていた時よりも・・・近くで見るとずっと美しいのね。
私がまだ若い娘だった頃、このウィンドウに飾られる靴にいつも見とれていたんです。
でもそのころの私は自分のすべてに自信がなくて
お店に入ることすらできませんでした。
ここはいつも花のような女性たちでいっぱいだったから!
そして年を重ねるうちに・・・
美しいものと自分とはもう関係ないのだとあきらめてしまった私がいました。
それからは・・・そうね、このお店のウインドウを見ることさえしなかったんです
・・・もうずいぶん長い間。
でも今、夕日に照らされて輝いてる靴が目に飛び込んできて
気づいたらドアをあけていたんです。
長い間忘れていたのが嘘みたい・・・あの頃と同じように胸が高鳴ります。
それにそれに・・・近くで見ると美しいだけでなくて、なんだかとても優しい
・・・履いてみたいわ・・・・いいですか?」
レディーはまるでガラスでできているかのように丁寧に履くと
喜びのため息をついて言いました。
「ああ!こんな気持ちになれるのね。
不思議だわ、なんて言ったらいいのかしら・・・
・・・今日ドアをあけて入ってくることができたのは
この長い年月が私を図々しくかえてくれたおかげかしら。
年を重ねてあきらめることは増えたけれど
喜びが得られることもあるのね、ふふふ。
素敵な時間をありがとうございました。
この靴をいただきます。」
新しい靴を履いてばら色に頬を染め、ドアを開けようとした彼女は
ふっと立ち止まり、ふりかえって店主をみつめました。
「・・・あの頃の私に履かせてあげたかった・・・
この店に入って靴を履く勇気をもてたなら、どこまででも行けたんじゃないかしら・・・
この町から旅立っていったあのひとのことを追いかけて
どこまでもどこまでも行けたんじゃないかしら・・・。
この靴を履いてなら・・・あの頃の私にも、恋を始められたような気がします・・・
そのことを今、少し、悔やんでしまいました。」
さびしそうに微笑む彼女の目を見た彼ははっとしました。
まだ若い時、この店を始めたばかりのがむしゃらな時期
自信がなくてお客さんの顔を見ることもできなかったあの頃
毎日ウインドウ越しに見る乙女に恋をしていたことを
彼のはじめての恋がその瞬間に蘇ったのです。
長い長いあいだ忘れていた気持ちでした。
靴屋の店主は言いました。
「この靴を履いて恋をしてください! 遅いことなどなにもないです。」
そこそこ町の素敵な靴屋さんで
何かが動きだした夕方でした。